フクダ電子アリーナ

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2015年10月27日火曜日

長良川競技場の歩き方 徹底攻略ガイド 愛知 & 岐阜旅行 その6



 時刻は14時49分。15時15分発のJR東海道本線 新快速・大垣行きに乗車するため、6番線のりばに向かいます。


 行き先はこの旅一番の目的地である、FC岐阜の本拠地 「長良川競技場」です。




 初めて岐阜を訪れたのは2010年8月22日(日)のこと。


 何故、アウェイ観戦の地が岐阜になったのかは、ジェフ千葉の栄光と失意の歴史を振り返らなければなりません・・・。




 2009年シーズンを最下位で終えたことで、1965年から始まった日本サッカーリーグ(JSL)時代を含め、下部リーグへの降格経験の無い唯一のクラブとしての歴史に終止符が打たれました。




 そんな「ジェフユナイテッド市原・千葉」の前身である、「古河電気工業サッカー部」が創部されたのは1946年。


 1960年には実業団チームとして史上初めて天皇杯を制覇。(続く61年も優勝し連覇達成)




 1964年の東京オリンピックが終わると、日本サッカーの抜本的な強化策として「日本サッカーリーグ(JSL)が設置され、




 共に創設に尽力した日立製作所(現在の柏レイソル)、三菱重工(現在の浦和レッドダイヤモンズ)と併せて丸の内御三家と呼ばれるようになり、JSLの意思決定や日本サッカー協会に対して強い影響力を保つまでになっていました。




 1976年には天皇杯に加え、念願の日本サッカーリーグを初制覇し二冠達成。


 1986年には日本のクラブで初めてアジアクラブ選手権(現在のACL)を制覇し、アジアの頂点に立ちました。




 プロ化が具体的に検討され始めた1990年、東日本旅客鉄道(JR東日本)との共同出資という形で新会社を設立する方式を採り、名称も「東日本JR古河サッカークラブ」に変更。


 歴代のOBには、日本サッカー協会会長を務めた長沼 健氏、川渕三郎氏のほか、平木隆三氏、宮本征勝氏、奥寺康彦氏、永井良和氏、岡田武史氏などがいます。




 Jリーグが開幕してからは低位を彷徨っていましたが、2003年にイビチャ・オシムを監督に招聘すると、チームはその豊富な運動量をベースに「考えて走るサッカー」を実践し、2003年・2004年シーズンはリーグ2位、2005年・2006年には念願のタイトルであるJリーグカップ連覇を達成!




 しかし、バラ色の未来は長くは続かず、2006年7月に日本代表監督への就任を要請されると、シーズン途中にジェフ千葉の監督を辞任。


 カリスマが去った後のチームは求心力を失い、当時、日本代表に選出されていた多くのメンバー達も魅力あるサッカーを求め他チームへ移籍。




 イビチャ・オシムの長男であるアマル・オシムを監督にしたり、英プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドでヘッドコーチを務めていたアレックス・ミラーを監督に迎え入れるもチームのテコ入れにはならず、




 2009年、44年間守り続けてきた「降格経験の無い唯一のクラブ」というプライドを手放すことになってしまったのです・・・。


 2010年から始まった初めてのJ2リーグも、「どうせ1年でJ1に戻るんだから、普段ならなかなか行けない地方のスタジアムで観戦してみよう」などと、置かれた状況をあまり真剣に考えてはいませんでした。




 猛暑の中で行われたアウェイのFC岐阜戦では、そんな慢心をあざ笑うかのようにカウンターを食らい0-1で敗戦。年間順位も4位に沈み、6シーズン経った今でもJ2の呪縛から逃れられないでいるのです・・・。


 今回の旅行は、「6年前の忘れ物を取り戻しに行く」。そういう旅でもあるのです。




 15時10分、6番線ホームに入線してきた新快速の大垣行きに乗車。運良く2人掛けの席が空いていたため母親と座ることに。


 しばらくするとドラマなどでも聞き覚えのある、「誰かお客様の中でお医者さまはいらっしゃいませんでしょうか?もしいらっしゃいましたら、先頭車両までお越し願います」という車内アナウンスが流されました。




 初めはホームから転落したか何かで人身事故が起こったのかと嫌な気持ちになりましたが、どうやら一番前の車両で急病になった人がいたらしく、簡易車いすを持った駅員やアナウンスを聞いて駆けつけた医師、看護婦のお陰で大事には至らなかったようです。




 発車時刻が10分程度遅れたこともあり、JR岐阜駅に到着したのは15時43分でした。




  最初に考えていた計画だと、15時50分に11番のりばから発車する岐阜バスの市内ループ線(左まわり)に乗らなければいけないため、駅周辺の様子も撮影しながら歩くことに。




 JR岐阜駅の北口広場の様子。




 天気は雲一つ無い快晴。正面には織田信長公の金の像があります。




 駅周辺の様子ですが、6年前と比べてみるとやはり高い建物が多くなっているように感じました。前はもっと遠くの山々が見えていた気がします。




 今夜のジェフ千葉の勝利を期待して、twitterで「勝てぬなら 勝たせてしまえ ホトトギス」と送信。(笑)



 北口正面の階段を降りて時計まわりにぐるっと歩くと、「岐阜メモリアルセンター北」を経由する市内ループバス乗り場がありました。




 岐阜市内から帰ってきたバスが、北側ターミナルに吸い込まれては観光客や地元住民の足となって散らばって出て行きます。




 列の中にはジェフ千葉の黄色いユニフォームを着たサポーターの姿も。同志を見つけると心強くなりますね。





 私たちが乗る左まわりの市内ループ線も定時に到着。




 車体はFC岐阜のクラブカラーである緑色に、織田信長が描かれていて、まさにアウェイの洗礼といった感じ。6年前は岐阜城に観光に行くために「岐阜公園歴史博物館前」まで乗ったのですが、当時は酷暑の印象が強烈過ぎてどんなバスだったかまでは覚えていません。




 バスの座席はまだまだ余裕があり、母親と私も座ることができました。




 市内ループ線はどこまで乗っても210円の定額です。他には土日祝限定で1日乗り放題の1日乗車券(500円)もお得。




 車内では、スタジアムキーワードとして「蹴穫祭(しゅうかくさい)」というキーワードが発表されていました。




 バスに揺られること21分、16時11分に「岐阜メモリアルセンター北」停留所に到着。




 「岐阜メモリアルセンター北」停留所は、JR岐阜駅から数えると16番目。(左ループの場合)




 土曜日・日曜日の時刻表はこんな感じ。




 道を挟んだ反対側にある右回りの市内ループバス乗り場には、メモリアルセンター内の施設を利用しに来た大勢の学生の姿がありました。




 岐阜メモリアルセンター北交差点の様子。日曜日の夕方ということもあり、交通量は多め。




 岐阜メモリアルセンター北交差点前にある、「セブンイレブン 岐阜長良福光西店」。




 「岐阜メモリアルセンター前」停留所の様子。こちらも右回りの市内ループバスを利用する学生の姿がありました。




 私達が先ほど降りた「岐阜メモリアルセンター北」停留所と、「岐阜メモリアルセンター前」停留所が交差するのがメモリアルセンター北交差点ということになります。




 そして、後ろを振り向くと・・・。じゃーん ↑




 16時20分、旅の一番の目的地である 「長良川競技場」に到着。




 たくさんのバイクや自転車は、岐阜メモリアルセンターの「勝利の門」と呼ばれる入口付近に駐輪されている様子が伺えます。




 勝利の門をくぐって真っ直ぐ100メートルほど進むと長良川競技場の正面入口があります。


 つづく

長良川競技場の歩き方 徹底攻略ガイド 愛知 & 岐阜旅行 その5



 「鉄道ジオラマ」のフロアを出て、1階イベント広場の中央まで帰ってくると、「モハ52形式電車」がありました。




 これらの列車は乗車可能になっていて、大勢の鉄道ファンが車内の様子を食い入るように眺めていたり、高そうな一眼レフカメラにその姿を収めている様子が伺えました。




 広場のセンターには、0系21形の新幹線が威風堂々とした佇まいでお出迎え。多くの人が記念写真の順番を待っている状況。




 日本テレビの「笑神様は突然に・・・」のロケで鉄道BIG4とSKE48の松井玲奈さんがここを訪れた時、この 「0系21形式新幹線電車」の鼻の部分を撫で撫でしていたことを思い出し、ミーハーにも同じ行動をとってしまいました!


 放送後、何万人もの来館者が同じことをしたんでしょうね。(笑)




 0系の左隣には 「100系123形式新幹線」、その隣に 「300系322形式新幹線」、そして一番手前は 「700系723形式新幹線」が展示されています。




 時計を見ると13時48分、「リニア・鉄道館」に入館してから既に40分が経過していました。




 「足が疲れたからどこかで休みたい」と母親に言われたため、2階にある飲食可能エリアの椅子に母親を座らせ、私は2階にある展示室の様子を観て周ることに。





 2階に上がってみると、まずひと際目立つのが「さよなら100系」と書かれた実物のノーズ(鮫の鼻の形に似ていることからシャークノーズと言われている)が展示されている部屋。


 こちらでは、「100系営業運転開始から30年 ~その活躍を振り返る~」と題し、100系新幹線に関する数々の貴重な資料が展示され、中央奥のモニターには当時の映像が映し出されていました。




 次に向かったのが「東海道物語」と銘打った歴史展示室。




 東海道新幹線が誕生するまでの多くの人々の尽力の様子が貴重な展示品とパネルによって詳細に説明されていました。




 明治時代初期~現代の新幹線の変遷、それに関わる膨大な資料がところ狭しと展示されており、丁寧に見周ったらこれだけで丸一日は掛かると言えるほど充実した内容。




 「新幹線の生みの親」と言われる、島 秀雄のコーナーや、新幹線の建設を協力に推進した第4代国鉄総裁の十河信二のコーナーもありました。




 「進化する東海道新幹線 昭和・平成」コーナーでは、1980年代~2015年までの東海道新幹線の歴史を、1・国鉄民営化~2・「のぞみ」の誕生~3・品川駅開業と輸送力増強~などのポイントに分けて詳しく解説。




 現代までの進化の過程や、歴代の新幹線の車両模型を展示し、どの新幹線が好きか人気投票の結果などが公開されていました。




 2階バルコニーから1階の車両展示を見た様子。広場の両サイドには椅子が置かれ、疲れたら体を休めることも出来るようになっています。




 39両もの実物車両を見るには、10時~17時30分の7時間30分じゃ絶対に見切れません!




 キッズコーナーではたくさんの家族連れの姿があり、タカラトミーのプラレールが出来るまでを紹介したパネルや、実際のプラレールを使って鉄道を楽しく学ぶ様子が伺えました。




 2階にある「デリカステーション」では、ここでしか買うことの出来ない駅弁や限定パッケージのペットボトルを求める鉄道ファンの姿も。撮り鉄・乗り鉄とは違い、鉄道の楽しみ方も多種多様。




 「国鉄バス・第一号車」の車両も展示されていました。




 国内最古の路線バス


 1930(昭和5)年に、鉄道省が初めて直営による路線バス輸送を開始した際に使用された車両。
岡崎~多治見間、高蔵寺~瀬戸記念橋間で運転された。当時、国内を走るバスは外国製であったが、国鉄は自動車産業育成のため、国産車を採用した。




 現存する最古のバスとして、1969(昭和44)年に鉄道記念物に指定された。




 2階バルコニーから見るシンボル展示。




 「955形 新幹線試験電車 通称:300X」




 「超伝導リニア MLX 01-1」 最高速度はなんと! 581km/h




 「C52形式蒸気機関車」 同じ目線から見るより上から全体を見渡した方が格好いい。




 時刻は14時ちょうど。まだまだ多くの鉄道ファンが入館してきます。





 東海道本線及び東海道新幹線のルート選定を地図を使って詳しく解説。トンネルの掘削といった当時の苦労や、より直線的なルートを実現するための様子を垣間見ることができます。




 館内の展示物も大方見終わったため、最後に屋外展示されている車両を見ることに。




 「ケ90形式 蒸気機関車(軽便鉄道用)」


 762mm軌間の軽便鉄道用の小型蒸気機関車


 1918(大正7)年に新多治見~広見間で営業を開始した東濃鉄道で使用された蒸気機関車。線路幅は通常よりも狭い762mmの軽便鉄道と呼ばれていた線路で使用された。




 新多治見~広見間は1926(大正15)年に鉄道省に買収されて、ケ90形式も鉄道省所属の機関車として、1928(昭和3)年に太多線が1067mmに改軌されるまで使用された。




 「117系電車」 名古屋都市圏の輸送を刷新した「東海ライナー」用の近郊型電車


 117系は1980(昭和55)年1月に、関西圏の新快速電車として運転を開始。従来の近郊形電車とは分別の居住性を提供し、「シティライナー」の愛称で親しまれた。




 1982年(昭和57)年3月には名古屋地区でも運転を開始し、「東海ライナー」の愛称がつけられた。





 1階にあるミュージアムショップ(お土産売り場)では、多くの鉄道ファンがここでしか買うことの出来ない限定グッズを目当てにお土産を選んでいる姿がありました。


 東海道新幹線を中心とした鉄道の歴史を堪能し、充実した気分で最初の観光名所 「リニア・鉄道館」を後にしました。




 14時23分、あおなみ線 金城ふ頭駅に帰ってきました。「リニア・鉄道館」には、1時間15分も居たことになります。どうりで疲れてる訳だ~。




 14時29分発 名古屋行は2番線ホーム。




 運賃は350円×2人分なり。




 エスカレーターを使ってホームまで移動するも、人っ子ひとりいません。まだまだ日差しも高いということもあり、「リニア・鉄道館」が目的で来ている人達はこんな時間には帰らないんでしょうね。




 そう考えると少しもったいない気もしますが、今回の旅のメインイベントでもあるFC岐阜の本拠地「長良川競技場」を目指し、一路、名古屋駅へ!




 14時52分、僅か24分で名古屋駅に到着。 次はJRを使って岐阜駅に向かいます。


 つづく