フクダ電子アリーナ

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2015年10月27日火曜日

長良川競技場の歩き方 徹底攻略ガイド 愛知 & 岐阜旅行 その4



 「オハ35形式客車」


 国鉄鋼製客車のスタイルを確立した3等客車


 戦前・戦後に製作された3等客車で、国鉄鋼製客車の標準スタイルを確立した車両。1939(昭和14)年から1949(昭和24)年までの間に1308両が製作された。




 ガラスの製造技術の進歩によって1000mm幅の大窓を安価に3等客車で使用可能となった。明るい室内は評判となった。




 「オヤ31形式 建築限界測定車」


 線路付近の支障物の有無を走行しながら確認できる測定車


 「建築限界測定車」は、車体の周囲に接触式のセンサーを搭載し、走行しながら建築物の支障確認ができる構造となっている。




 新たに線路を敷設したとき等に使用した。この車両は、1959(昭和34)年にスハ32形式客車からの改造によって誕生した。




 「スニ30形式荷物車」


 鉄道省初の鋼製荷物車


 鉄道省が初の構成客車として1927(昭和2)年から製作したオハ31系客車グループに属する荷物車。




 荷物車とは旅客の手荷物等を専門に運搬する車両で、貨車ではなく客車の一種とされている。鋼製になったことで車体強度が増した。




 「ホジ6005形式蒸気動車」


 1両だけで走れる、現代の気動車の始祖




 蒸気動車とは、車体の片側に蒸気機関車と同様の走行装置を備え、蒸気機関車と客車の機能を1両に集約して1両運転を可能にした車両。明治末期からローカル線で使用され、当時は「自働車」と呼ばれていたが、のちに「汽動車」と名称が改められた。




 ホジ6014は1913(大正2)年製。「工藤式」と呼ばれる機関走行部の脱着機構を備えた車両で、1943(昭和18)年まで関西本線などで運転された。




 「C57形式蒸気機関車」


 近代型蒸気機関車のスタイルを決定づけた機関車




 主要路線で運転される旅客列車を牽引することを目的に、1937(昭和12)年から総計201両が製作された蒸気機関車。




 ボイラー、動輪などの改良によって、中型の機関車でありながら高い性能を誇る。扱いやすい機関車としてその足跡は全国に及んだ。




 直径1750mmという大きな動輪と細身のボイラーは、バランスのとれた美しさでも評価が高い。




 1階イベント広場を左からコの字型に歩いて来ると、右奥には 「超伝導リニア展示室」があり、その隣には入館時に抽選により体験することが出来る 「在来線シミュレータ 運転 & 車掌」と、「新幹線シミュレータ N700」の部屋がありました。




 その右隣にある、ひと際大きいフロアがこの 「鉄道ジオラマ」です。




 非常に細かく再現された東海道新幹線の沿線の風景の中を、リニアから各新幹線・在来線の車両が走る日本最大級の面積を誇る鉄道ジオラマ。





 フロア入口付近には、「鉄道ジオラマ」で実際に走っている0系から最新のN700系までの新幹線の模型が展示されていました。




 私が入室した時はちょうど夜の街並みが再現されていて、こういう時間の経過とともに様々な姿を見せてくれるのも鉄道ジオラマの魅力と言えるのではないでしょうか。




 名古屋を始めとした東海道新幹線の主な沿線地をリアルに再現し、鉄道はもちろん、そこに住む人やバスなどの日常を見ることが出来ます。




 テーマパークに来場している大勢の人の流れ、そこに人・モノを運び込むための鉄道網の実際の動きが微細に再現されており、もはやジオラマのレベルを超越。




 遠くの山々や雲などがとてもリアルで、多くの人達がデジカメやスマホに綺麗にライトアップされた「鉄道ジオラマ」を写真に収めていました。




 You Tubeなどの動画サイトでは、その素晴らしさをジオラマの中にいるような目線で楽しむことが出来る動画がたくさんアップされています。


 つづく

2015年10月26日月曜日

長良川競技場の歩き方 徹底攻略ガイド 愛知 & 岐阜旅行 その3



 シンボル展示を観た後は、さらに奥にあるイベント広場へ向かいます。




 すると、先ほどのライトアップされたフロアとは違い、数え切れない程の車両と鉄道ファンがいました。


 入口を入ってすぐの場所には、「700系723形式 新幹線電車」の車両が存在感を持ってお出迎え。




 以下、解説はすべて引用。 「700系723形式 新幹線電車」

 300系新幹線電車の後継車両として登場

 300系に続く4代目となる新幹線電車として1997(平成9)年に登場した700系量産先行試作車。




 「快適性の向上・「環境への適合」を目標に開発され、乗心地の向上や車両騒音の低減など質的向上を追求。




 JR東海所属の700系新幹線は960両が製作された。 以上、引用。




 イベント広場の左側には、新幹線に関する様々な情報を知ることが出来ます。


 「環境」 地球環境への負荷が少ない新幹線




 鉄道のしくみ 「新幹線の一日」




 速さのしくみ 「車両の先頭形状」として、最新のN700系から初期の0系までを展示




 速さのしくみ 「標準軌及び狭軌」 新幹線のレール幅の解説




 本物のレールの一部を展示し、標準軌と狭軌の違いを解説。




 速さのしくみ 「電力・信号・通信」 新幹線に必要な電気はどのようなものしょう?という疑問を投げかけ、スケールダウンしたモデルを使って詳細に解説されていました。




 安全のしくみ 「なぜ前の列車に追突しないのでしょう?」という疑問を解決するために、実際に新幹線に採用されている追突防止のメカニズムを模型を使って解説しています。




 安全のしくみ 「テラス」 自然災害にはどのように備えているでしょう?という疑問に対して、地震発生時の波を感知し、新幹線を安全に停止させるしくみを模型を使って解説しています。





 300系のモーターと0系のモーターの実物を展示し、性能の違いなどを詳細に解説。




 実物の台車を使って、それぞれの部品がどう組み上げられているか車両の構造が非常に良く分かります。




 乗りごこち 「シート」 乗りごこちはいかがでしょう?という疑問を投げかけ、初期の0系から最新のN700系までの新幹線のシートの変遷を実物のシートに座ることで体感できます。




 切符のしくみ 「出札」 なぜ指定席が正確に早く予約できるのでしょう?という疑問を投げかけ、「旅客販売総合システム(マルス)」のしくみを実際のコンピュータを使って解説しています。





 新幹線の一生。 新幹線が進化し続けられるのはなぜでしょう?という疑問を投げかけ、「技術開発」→「車両計画」→「設計」→「製作」→「使用」→「保守」→「改良」 or 「廃棄」というライフサイクルを経ながら、新幹線の一生を見ることが出来ます。





  1階イベント広場の奥は収蔵車両エリアとなっており、13もの在来線の車両が保存されています。




 以下、解説はすべて引用。 「0系  16形式  新幹線電車」


 東海道新幹線0系のグリーン車


 0系新幹線のグリーン車。0系新幹線では、普通車は一列に5人分のシートが並んでいたが、グリーン車はフットレスト付きの大型リクライニングシートを一列に4人分配置し、普通車とは別格の乗り心地を提供した。




インテリアは落ち着いた配色でまとめられ、絨毯が敷かれた床も、普通車には無い豪華な設備として乗客の憧れの的となった。




 「0系 37形式 新幹線電車」


 より機能的に変貌した0系新幹線のビュフェ車。




 0系新幹線の2代目ビュフェ車。当初、新幹線は東京~新大阪間を3~4時間の乗車時間で走行していたため、ビュフェ車による供食サービスを行っていたが、1975(昭和50)年の博多延長で7時間となるのに伴い食堂車(36形式)を導入した。




 そこで1976(昭和51)年製以降の本形式では、従来のビュフェ車の椅子を廃止し立食方式とし、あわせて多目的室や車椅子対応トイレを設置しサービス向上を図った。




 「クロ381形式電車」


 抜群の展望が評判だったパノラマ車




 中央本線の特急「しなの」の魅力をアップさせるために、1988(昭和63)年にサロ381形式電車を改良して生まれたパノラマ車。




 車両の先頭寄り3分の1を展望室風のグリーン車として、大型リクライニングシートを設置。




 前面窓、側面窓とも大型化されて、よりワイドな展望を楽しめるようになった。特急「しなの」の長野寄り先頭に連結されて使用された。




 「クモハ165形式電車」


 勾配路線を中心に活躍した165系急行形電車の先頭車。




 1963(昭和38)年から営業運転を開始した165系急行形電車の先頭車。東海道本線等の平坦な区間で活躍していた153系電車をベースに勾配線区・寒冷地向けに開発され、信越本線、上越線、中央本線などで使用された。




 急行「アルプス」などの山岳夜行列車としても活躍し、当時のブームを背景に、多くの当山者を運んだ。




 「サロ165形式電車」


 勾配路線を中心に活躍した165系急行形電車の1等車




 1963(昭和38)年から運転が開始された165系電車の1等車(現在のグリーン車)。室内にはリクライニングシートを配置して、優れた乗り心地を提供。




  大きな側窓も特徴となった。片側の車端部には構内入換用の運転台が設けられ、屋根上にはヘッドライトが取り付けられている。




 「モハ63形式電車」


 都市園輸送に貢献した戦時設計の通勤型電車


 戦時下における旅客輸送を目的に1944(昭和19)年から製作された通勤型電車で、戦時中・戦後の輸送に大きく貢献した。 戦争による資材と熟練工の不足を補うために、車体は徹底的に簡素化された構造に設計されていた。




 1951(昭和26)年に桜木町駅構内で発生した同形式の列車火災事故では106名の尊い命が失われた。これ以降、列車の火災対策が本格的に進められた。




 「キハ82形式気動車」

 
 全国に特急網を形成した立役者


 1961(昭和36)年から運転を開始した特急形気動車キハ82系の先頭車。特急車両にふさわしい高い信頼性と優れた居住性を備え、またたく間に全国の非電化幹線に進出し、特急網を構築した。




 洗練された先頭部のデザインは、その後に登場するさまざまな車両にも大きな影響を与えた。




 「キハ48000形式気動車」


 総括制御で地方線区の輸送の近代化を実現した気動車


 複数の車両を1つの運転台で総括制御を可能にしたキハ45000形式(後のキハ17形式)のグループの一つで、両運転台・トイレ付きのタイプ。




 1953(昭和28)年から製作されたこのグループは、単車運転が常識であった気動車の複数車両による運転を可能にして地方線区の輸送力を著しく向上させた。




 「オロネ10形式客車」


 10系客車グループの1等寝台車(現在のA寝台車)


 1955(昭和30)年から製作された10系客車グループの1等寝台車(現在のA寝台車)。この客車はヨーロッパの客車を参考にした設計により徹底した軽量化を達成。




 機関車などへの負担軽減、輸送力増強が実現した。ヨーロッパ調の車体デザインや客車で初めて採用した空気バネ付き台車の快適な乗り心地も好評だった。




 双頭レール ダーリントン・アイアン社製


 1872(明治5)年の新橋・横浜間の鉄道開通にあたり、イギリス製のレールが使われた。双頭レートとは上下左右対称のI字型のもので、磨耗すると逆さにして利用できるよう考えられていた。


 取付方法は、チェアとよばれる締結装置に木製クサビで固定し、ねじや釘を使って締結した。
このレールは1873年製で旧日本石油加工株式会社(現:JX日鉱日石エネルギー株式会社)柏崎工場に貨物専用線のレールとして保管されていたもの。


 以上、引用。


 つづく